日刊スポーツグラフ
平成18年9月20日発行
まるごと一冊田中達也
勝利のためにCome On ワンダーボーイ
「TATSUYA11」
●トピックス●
田中達也スペシャルインタビュー【エース復活!復帰4連戦レポート】
VSアルビレックス新潟
VS川崎フロンターレ
VS大分トリニータ
VSヴァンフォーレ甲府
【復帰への道のり】
【田中達也を支えるPUMAスパイクの秘密】

【TO TATSUYA】
達也へ贈る言葉
【TATSUYA'S MEMORY】
再録・ちびっこアルバム
高校時代の恩師:古沼貞雄氏が語る
田中達也成長のポイント
これが魅力だ●ドリブル分析
田中選手のこぼれ話
●Jリーグ&日本代表全記録集
【浦和レッズのチームメイト&関係者が語る】
田中達也15の証言
Tatsuya Tanaka History of2001-2005
2001
2002
2003
2004
2005
【ゆう@web masterの達也ヒストリー】田中選手を本当に初めて見たのは当時帝京高校3年生(2年だったかも)だった矢野君(のちにヴェルディに入るんだけど)の隣にいるごっつい感じの男の子でした。浦和に入団してから背が低いということを知るんだけど。
岡野雅行という一人の選手を好きになり、彼が出場機会を求めて、刺激を求めてヴィッセル神戸に移籍した時、浦和にぽっかり穴が空いたような気がしてとても淋しくなりました。でも選手を追いかける事は出来ない。私は浦和レッズが好きだから。
その時に練習試合で対戦した「LAギャラクシー戦」を駒場で観戦しました。そこで達也君と運命的な出会いをします(笑)足が速くて、細かいステップのドリブル。どんぴしゃりのセンターリング。トゥットは合わせるだけでよかった。浦和は結局2-1で勝利。センセーショナルな出会いでした。それからもう達也君のプレーが観たくて追いかけました。
だんだんと選手サイトが増えていく中で浦和は「公認サイト」というものが多かったんです。他チームに比べて。その頃は達也君は無名ではないけど今よりは特に名前を知られている要素はなくルーキーという言葉で締めくくられる選手でした。なので毎年恒例のレッズフェスタ2002で達也君に「田中選手のホームーページ作っています」と本人に初めて告げました。
それから大原に1週間に2回は通うようになり次第に達也君ともお話が出来るようになりました。達也君が閲覧できるメッセージボードを開設したりアンケートを渡したり、長谷部君サイトとも共同で50問のアンケートに答えてもらったりして。
「アンケート書けましたよ♪ちょっと待っていて下さい。部屋にとりに行ってきます」と取りにいってもらって「サイト、代表のみんなで見てました」といわれた時は本当に嬉しかったです。
弾幕にサインを書いてもらうとき、変なところにサインペンで書いてしまい「あぁぁぁ」って言ってました。そんなおちゃめな達也君、本当に大事でしたね。
TRUSTは田中選手だけではなく実は奥さんもとても重要な役割を担って頂いています。今年の年賀状&ポストカードプレゼント企画は奥さんと一緒に考えました。昨年女の子が生まれましたね。色々と悩んでいる時期を知っているので号泣してしまいました。鶴の企画も彼女がいたからこそ出来たと言っても過言ではありません。お腹が大きいのに本当に感謝しました。素晴らしい奥さんです。
そんな素晴らしい家族に恵まれて今、とっても充実した日々を送っているのではないかと思います。大原にももう行ってないのですが、また行ってみたいと思います。
これからも田中達也選手をTRUSTは影ながら応援出来たらと思います。
管理人:ゆう